リビングトラスト(生前信託)とは?種類・設定費用・日本居住者への課税関係を解説
国際相続
解説:税理士法人日本経営
税理士 大橋 正壽
米国に資産を保有する日本居住者にとって、リビングトラスト(生前信託)はプロベート回避の選択肢として知られています。一方で、日本の相続税との関係や信託受益権の評価、二重課税の調整など、専門的な論点が数多く存在します。
本レポートでは、リビングトラストの基本的な仕組みと種類を紹介し、日本居住者に関わる税務上の主要な論点や運用の全体像を解説します。日米両国の法制度の違いを踏まえ、あらかじめ押さえておくべき注意点や検討課題を整理しています。なお、米国法上の制度や手続きについては、一般的な概要を紹介するものです。
この記事でわかること
- リビングトラストの概要と撤回可能信託・撤回不能信託の違い
- 日本居住者が米国リビングトラストを利用した場合の相続税の取扱い
- 信託受益権の評価方法と日米二重課税の調整の考え方
- 信託契約の作成手順と名義変更の実務上の留意点
- リビングトラストの設定・管理費用の内訳と作成・運用の実務
複雑な国際相続に、日米クロスボーダーの最適解を
国際相続の専門チームが対応します
1. リビングトラストとは
まずはじめに、主に英米法圏で利用されている「リビングトラスト」について、基本的な構造と、種類ごとの違いを整理します。
リビングトラストの仕組み
リビングトラストとは、委託者(Grantor)が生前に信託を設定し、不動産・証券・預金などを信託財産として受託者に管理させる仕組みです。米国の一般的な撤回可能リビングトラストでは、委託者自身が当初受託者および生前の受益者を兼ねて従来どおり資産を管理し、死亡または判断能力の喪失後に、あらかじめ指定された後任受託者(Successor Trustee)が管理や分配を引き継ぐ設計が多く見られます。ただし、受託者や受益者の構成は信託契約によって異なります。米国では、リビングトラストに適切に組み入れられた財産は、原則としてプロベートを経ずに承継できるため、プロベート回避策の一つとして利用されています(※01)。
撤回可能信託と撤回不能信託の違い
リビングトラストは大きく分けて、撤回可能信託(Revocable Living Trust)と撤回不能信託(Irrevocable Trust)の2種類があります。撤回可能信託は、米国で広く利用されているリビングトラストの代表的な形態です。日本居住者については、日本の相続税法上の取扱いも確認する必要があります(※11)。
| 種類 | 特徴 | 主な利用目的 |
| 撤回可能信託 | 委託者が生前いつでも変更・撤回が可能。実質的な支配権は委託者に残る | プロベート回避、判断能力喪失時の備え |
| 撤回不能信託 | 原則として変更・撤回不可。委託者の支配から切り離される | 資産保全、米国遺産税対策、世代承継 |
撤回不能信託であっても、それだけで信託財産が米国遺産税の対象外になるわけではなく、委託者に留保された権利や利益、信託財産に対する支配の程度などにより、米国遺産税上の取扱いが異なります(※02・※12) 。
受益者と受託者の構成
信託は、「誰が信託から利益を受けるか」と「誰が受託者として信託財産を管理するか」という別々の観点から整理する必要があります。委託者自身が受益者となるものは自益信託、委託者以外の者が受益者となるものは他益信託と呼ばれます。
米国で一般的に利用される撤回可能リビングトラストでは、委託者自身が当初受託者および生前の主たる受益者を兼ね、配偶者や子などが死亡後の受益者となる設計が多く見られます。このような設計では、委託者が生前の管理権限や撤回・変更権限を保持するため、資産の利用や管理を従前と同様に継続できることがあります。
日本の相続税・贈与税上は、信託の名称や受託者が誰であるかということだけでなく、誰が現に受益者等に該当するか、誰に経済的利益が移転したかといったことまでを確認することが重要です。
2. リビングトラストの法律上の注意点
日本居住者がリビングトラストを利用する際に最も重要なのが、日本の相続税法上の取扱いと、米国側の課税との調整です。誤解されやすい論点を中心に整理します。
日本の相続税法上でのリビングトラストの扱い
日本の相続税・贈与税では、信託によって受託者が財産の名義人となる場合であっても、受託者自身に課税されるわけではありません。日本の税制上は、原則として「受益者が信託財産そのものを直接所有している」ものとみなして課税関係を判定します。従って、日本での取扱いは信託が撤回可否で決まるものではなく、信託設定時およびその後の各時点において、誰が受益者としての権利があるのか、委託者が特定委託者に該当するか、適正な対価を負担せずに信託に関する権利を取得した者がいるかを確認する必要があります(※03)。
例えば、委託者自身が生前の受益者であり、信託設定によって第三者に経済的利益が移転しない一般的な設計(自益信託)では、設定時に第三者への贈与が生じないと整理されます。一方、設定時から第三者が無償で現在の受益権を取得する場合(他益信託)には、撤回可能な信託であっても、日本の贈与税が問題となる可能性があります(※03)。
委託者の死亡により新たな受益者が無償で信託に関する権利を取得する場合には、その受益者が当該権利を遺贈により取得したものとみなされ、日本の相続税の対象となることがあります。具体的な課税時期や取得者は、生前および死亡後の受益者、受益権の内容並びに信託契約上の権利移転の定めによって判定されます。リビングトラストはあくまで米国側のプロベート回避策であり、日本の相続税の節税策ではない点を正しく理解する必要があります(※03)。
信託に関する権利を取得した者が日本の居住無制限納税義務者等に該当する場合には、国外にある信託財産に係る権利も日本の相続税の課税範囲に含まれます(※04)。
信託受益権の評価方法と申告上の留意点
日本の相続税・贈与税では、受益者等が取得した信託に関する権利を評価します。その評価は権利の内容に応じて行われ、元本と収益の受益者が同一である場合には、原則として信託財産の相続税評価額を基礎として評価します。元本受益権と収益受益権が分かれている場合や、受益者が順次交代する信託の場合には、別途の評価ルールを確認する必要があります(※05)。
米国不動産も日本の相続税の対象となる場合は、日本の財産評価基本通達などに基づき評価します。必要に応じて現地の鑑定評価等が参考資料となることがあります(※06・※07)。
米国上場株式や外貨建て預金については、相続開始時の価額を財産評価基本通達等に従って評価し、所定の為替相場により円換算します。実務では、トラスト契約書・財産目録・現地の評価書類の準備が不可欠です。複数の受益者がいる場合や、収益受益権と元本受益権が分離している場合は、評価がさらに複雑になります(※06)。
日米二重課税の調整と対策
米国資産を保有する場合、米国側で遺産税(Estate Tax)、日本側で相続税が課税される可能性があります。米国非居住・非市民者については、原則として、死亡時の米国所在資産の価額に一定の生前贈与額等を加えた金額が6万ドルを超える場合にForm 706-NAの提出が必要となります(※08)。ただし、日本居住者については、日米相続・贈与税条約に基づく比例的な統一控除などを利用できる可能性があるため、6万ドルをそのまま最終的な非課税限度額と捉えることは適切ではありません(※08)。
米国所在財産について米国遺産税が課され、同じ財産が日本の相続税の課税対象にも含まれる場合には、日本の相続税法に定める在外財産に対する相続税額控除を適用できることがあります。また、日米相続・贈与税条約に定める財産所在地の判定や米国側の控除についても確認が必要です。
これらの控除には、対象となる税額、控除限度額および手続き上の要件があるため、米国で納付した遺産税の全額が必ずしも日本の相続税から控除されるわけではありません。控除限度額は、日本の相続税額に、国外財産の価額が課税価格に算入された財産の価額に占める割合を乗じて算出され、これを超える部分は控除されません(※10)。
さらに、在外財産に対する相続税額の控除は、贈与税額控除・配偶者の税額軽減・未成年者控除・障害者控除・相次相続控除に続く最後の順位に置かれており、先順位の控除で相続税額がゼロとなる場合には、米国で遺産税を納付していても控除の余地がありません(※09・※10)。
3. リビングトラスト作成時に確認すべき留意点
日本居住者がリビングトラストを利用する場合は、米国法上の手続きだけでなく、日本の相続税への影響や、設定後の管理に必要な費用もあわせて確認することが重要です。ここでは、設定費用の考え方と、作成・運用に当たって確認しておきたい事項を解説します。
リビングトラストの設定費用
リビングトラストの設定費用は、信託の種類、保有資産の内容、適用される州法、弁護士へ依頼する業務の範囲などによって大きく異なります。
また、リビングトラストの利用に必要な費用は、信託契約書の作成費用だけではありません。不動産の名義変更に伴う証書作成費用や登記・記録手数料、公証費用、金融資産の名義変更に関する費用、信託内容を変更する際の弁護士費用などが別途発生することがあります。第三者や信託会社を受託者とする場合には、信託財産の管理に対する受託者報酬も確認する必要があります。
日本居住者が米国のリビングトラストを設定する場合には、米国の弁護士費用に加えて、日本の相続税・贈与税上の取扱いを確認するための税務専門家への報酬、契約書の翻訳費用、将来の相続税申告に備えた資料整理・評価費用などが生じる可能性があります。したがって、設定を検討する際は、当初の契約書作成費用だけでなく、資産を実際に信託へ組み入れる費用と、その後の維持・管理費用を含めて見積りを確認することが重要です(※10) 。
信託契約の作成・運用に当たっての確認事項
リビングトラストは米国法に基づいて作成されるため、契約内容や作成方法は州法などによって異なります。日本居住者が利用する場合には、米国法上の有効性や資産移管の手続きに加え、日本の相続税・贈与税上の取扱いもあわせて確認する必要があります。
契約に必要な書類や具体的な手続きは州法や資産の種類によって異なるため、米国の弁護士などの専門家へ確認する必要があります。日本居住者の場合は、日本側の税理士と連携し、日本の相続税への影響を事前に確認しておくと安心です(※03・※10) 。
信託財産の名義変更と日本税務上の留意点
リビングトラストでは、契約書を作成しただけでは十分ではなく、対象となる資産について適切な手続きが行われているかが重要です。具体的な手続きは州法や金融機関などの取扱いによって異なります。
日本居住者の場合は、リビングトラストに組み入れられた財産であっても、日本の相続税の申告対象となるかを確認する必要があります。相続開始後の申告では、信託契約書や財産の内容が確認できる資料が必要となる場合があるため、日本側の税務手続きも見据えて資料を保管しておくことが大切です(※03・※05) 。
受託者・受益者の選定と役割
受託者や受益者の選定方法は、契約内容や適用される州法によって異なります。特に日本居住者が受益者や後任受託者となる場合には、日米で必要となる手続きが異なるほか、日本の相続税申告や各種義務が発生する可能性もあります。そのため、日米双方の専門家へ事前に確認しながら進めることが推奨されます(※02・※03・※10)。
よくある質問
Q. リビングトラストを設定すれば日本の相続税はかからなくなりますか?
A. リビングトラストを設定しただけで、日本の相続税の課税対象から外れるわけではありません。日本の課税関係は、設定時および委託者死亡時の受益者等と権利内容によって判定されます。典型的な撤回可能リビングトラストにおいて、委託者の死亡により後継受益者が無償で信託に関する権利を取得する場合には、日本の相続税の対象となることがあります。なお、実際の申告・納税の要否は、課税価格や基礎控除額などによって異なります。
Q. 米国在住の親が亡くなり、自分がリビングトラストの後任受託者に指定されていました。何をすべきですか?
A. まずトラスト契約書の内容を確認し、信託財産の一覧と受益者を把握する必要があります。その上で、金融機関等への受託者変更の届出、信託財産の管理や必要に応じた受益者への分配を進めるとともに、米国の所得税・遺産税および日本の相続税について申告要否を確認します。必要となる手続きは、信託契約、資産の種類、関係者の居住地等によって異なるため、日本側・米国側の専門家と役割を整理して進めることが重要です。
Q. 遺言書とリビングトラストはどちらを選ぶべきですか?
A. 両者は代替関係ではなく補完関係にあります。リビングトラストはプロベート回避と生前の資産管理に有効ですが、トラストに入れていない資産や未成年後見人の指定などは遺言書でカバーする必要があります。実務では両方を併用するエステートプランニング(生前の資産承継計画)が一般的です。
まとめ
リビングトラストは、米国でのプロベート回避と生前の柔軟な資産管理を実現する有効なツールです。一方で、日本の相続税・贈与税上の取扱いは、設定時および委託者死亡時の受益者等と権利内容によって判定されます。信託に関する権利を取得する者が居住無制限納税義務者等に該当する場合には、国外の信託財産に係る権利も課税範囲に含まれます。
信託契約の作成だけでなく、名義変更の確実な実行、信託受益権の評価、日米二重課税の調整など、実務面では高度な専門性が求められます。日本経営グループは、創業以来約60年にわたり、国際税務・相続税務の分野で富裕層や医療法人の資産承継を支援してきた実績があります。日本居住者に係る相続税申告や日米二重課税への対応について、日米両国の税制に精通した当グループの専門家にお気軽にご相談ください。
この記事のまとめ
✓ リビングトラストは米国のプロベート回避策の一つであり、設定しただけで日本の相続税・贈与税の対象外になるものではない
✓ 日本の課税関係は、撤回可能か否かだけでなく、設定時および死亡時の受益者等と権利内容に基づいて判定する
✓ 米国資産については、資産の所在地、名義、評価資料および日米双方の申告要否を確認する
✓ 後任受託者に指定されている場合は、トラスト契約書、信託財産および自身の権限を確認した上で、必要な手続きを整理する
※01 出典:IRS(米国国税庁)「Internal Revenue Manual 5.5.3 Working Decedent Cases」(内国歳入マニュアル 5.5.3 死亡者に関する事例の処理)(2026年9月2日閲覧)より
※02 出典:Office of the Law Revision Counsel, U.S. House of Representatives(米国下院法律改訂専門員室)「26 U.S.C. §2036 Transfers with retained life estate」(合衆国法典第26編第2036条 居住権等を留保した移転)および「26 U.S.C. §2038 Revocable transfers」(同第2038条 取消可能な移転)(2026年9月2日閲覧)より
※03 出典:国税庁「No.4427 新たに信託の設定等を行った場合」および「第9条の2《贈与又は遺贈により取得したものとみなす信託に関する権利》関係」(令和7年4月1日現在法令等)より
※04 出典:国税庁「No.4138 相続人が外国に居住しているとき」(令和7年4月1日現在法令等)より
※05 出典:国税庁「財産評価基本通達 第5節 信託受益権(信託受益権の評価・202)」(令和7年4月1日現在法令等)より
※06 出典:国税庁「外国の証券取引所に上場されている株式の評価」および「No.4665 外貨(現金)の邦貨換算」(令和7年4月1日現在法令等)より
※07 出典:国税庁「財産評価基本通達 第1章 総則(国外財産の評価・5-2)」および「国外財産の評価-土地の場合」(令和7年4月1日現在法令等)より
※08 出典:IRS(米国国税庁)「Estate tax for nonresidents not citizens of the United States」(非居住・非米国市民に対する遺産税)および「Instructions for Form 706-NA」(Form 706-NA 記入説明書)(2026年9月2日閲覧)より
※09 出典:国税庁「第20条の2《在外財産に対する相続税額の控除》関係」(令和7年4月1日現在法令等)および IRS(米国国税庁)「Estate & gift tax treaties (international)」(遺産税・贈与税条約[国際])(2026年9月2日閲覧)より
※10 出典:国税庁「No.1240 外国税額控除」(令和7年4月1日現在法令等)より/補足:控除限度額の計算方法(日本の相続税額×国外財産価額/課税価格)および税額控除の適用順位(相続税法第20条の2)の確認用。
※11 出典:American Bar Association(アメリカ弁護士協会)「Revocable Trusts(取消可能信託/リビングトラスト)」(2026年9月2日閲覧)より
※12 出典:IRS(米国国税庁)「Abusive Trust Tax Evasion Schemes – Questions and Answers」(信託の税務上の位置づけおよび遺産税対象の判定基準)(2026年9月2日閲覧)より
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レポートの監修者

大橋 正壽(おおはし まさひさ)
税理士法人日本経営
税理士
一般企業の経理からスキル向上を志し税理士試験に合格。税理士法人に5年勤務し2023年に日本経営ウィル税理士法人(現:税理士法人日本経営)に入社。相続チームで富裕層や複雑な法務・税務論点がある相続税申告を中心に担当。2024年からは同チームの審理担当として、適正かつ高品質な申告を支える審理業務に従事。
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